堀越謙三 日本映画の制作・研究部門専門家理事

日本映画の歴史と未来

映画の価値とは?

 映画を大きなくくりで考えれば映像になります。映像は人間がこれまで発明してきた情報メディアのなかで、量的に最大のものです。その映像メディアのなかでも映画は、客観的な真実から、物語形式による真実の追求まで、もっとも幅が広く、かつ大衆的な表現手段といえます。商業的な観点から極論するとすれば、映画に映っているものはすべて商品であり、映画は商品カタログと言えるのです。
 人は映画によって人間を知り、世界を知り、そして学習し、新たな発想を広げていきます。何よりも映画的な美意識によって、豊かでエモーショナルな日常を得ることができるといっても過言ではないでしょう。
 さらにカテゴリーを狭めて、日本映画の価値とは何でしょうか。日本映画の映画史的価値は、日本人が想像するよりもはるかに偉大であり、重要です。世界的視点からみた日本映画の最大の特徴は、“ディテール描写”にあります。映画大国と言われるアメリカを筆頭とした国々が、大きな物語の枠を構築することを得意とする一方で、日本人が作る日本映画は、その繊細かつ徹底したディテールの描写を得手とします。それはまさに、日本の産業思想とも相通じる『ものづくりの国・日本』そのもの。つまり、日本映画は日本独特の産業であり、文化であり、美意識の高さが根幹に存在しているのです。
 近年、大学の教育機関に映画教育が盛んに出現してきた背景、文部科学省が映画教育を推し進める背景には、「これからの日本を何で支えていくか?」への明確な回答が見てとれます。世界でみても、“ものづくり”のトップランナーである日本人には、映画ビジネスの可能性が満ちているのです。

日本映画の将来性と方向性

 映画とは、映像によって現代の物語を紡ぐと同時に、そのメッセンジャーとしての役割を担っています。世界で物語という形式が無くならないかぎり、<映画>が消えることはありません。それは、物語でしか表現しえないもの、そこに人間の真実があるからです。さらに映画は、その時代々々を映す鏡といっても差し支えないほど、時代精神と密接に結びついています。ですから、技法を別とすれば表現形式も表現対象も無限にあるのです。言い換えれば、産業的な盛衰を除けば、映画はその形式の保守性によって、小説や詩や絵画同様に安定的なメディアとして、少なくとも100年は存続する“もの”。そこに映画の強みがあるのです。

“もの”から見る史と、これからの世界発信

 新しい“もの=日本映画”を生み出すために、古い“もの=日本映画”を生きながらえさせることは重要なことです。映画史に通じていることと、映画という“もの”としての文化継承ができる人、つまり保存科学に通じ、後世の人が最適な形で文化享受ができる担い手となる人は別です。“もの”から考えれば、商品としての映画ビジネスの可能性は、実にさまざま。さらに、ワールドワイドに目を向ければ、自ずと世界発信の手段も見えてきます。財団の将来に少し言及するならば、海外の日本映画研究者の留学を視野に入れること。これこそが、日本映画の世界輸出への最短距離ではないでしょうか。

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