田淵 俊夫 日本画の保存・修復部門専門家理事

便利でないこと。そして、伝えること。

世界中で日本だけが残った、”不便さ”への畏敬

画を描くにあたっては、まず絵具が必要となります。19世紀以前の東洋では、おもに天然素材から青や赤、緑や茶、金や銀などの絵具を調合し、それらを膠で溶いて使用してきました。

しかし、日本以外の国ではそうした方法は19世紀に一斉に廃れてしまいました。西洋で膠よりも扱いやすい油を接着剤とした絵画技法が発達し、人工的に絵具が合成され、絵具同士の混色が容易になって、すべての色が簡単に作れるようになったからです。この“簡単便利”は、世界中の画家にストレートに浸透していきました。かつて日本画の技法材料を日本へ伝えた中国や朝鮮半島でも、次第に新しく開発された絵具が主流となり、そして膠絵具による画法は消えていってしまったのです。

では、どうして日本だけでその“不便”な画法が脈々と伝わってきたのでしょう。青や緑や赤、茶…といった、限られた色数を組み合わせながら、とてつもなく不便な膠を接着剤として使って表現する日本画。答えは実にシンプルなところにあります。天然の絵具も、不便な膠も、日本人にとっては捨てられない大切なものだったからです。膠や天然の絵具でしか表現できない微細な色にこだわった日本人独特の精神や意識を考えながら、日本画に携わるということが、実は、日本人のオリジナリティや根っこにつながってくるのではないでしょうか。

伝統継承のために 伝えることの重要性

日本画は紙や絹などの基底材に、天然の岩石や土、貝殻、昆虫、植物からつくった色材を、膠という動物性の接着剤で溶いて描きます。天然の絵具ですし、ベースとなる基底材も天然素材。劣化は当然の宿命です。

しかし、経年変化で色が変わったとしても、天然材料の情報は作品の中に残っています。元の素材は何であるのか、どのような技法で描かれたのか、どのような保存環境に置かれていたのか、それらの情報を読み解くことで、制作当初と同じ色の復元や修復ができるのです。

天然の絵具は、長年の間に色が変化するばかりでなく、色が褪せることもあります。その際の修復技術には、学者としての眼だけでなく、モノを作るという画家としての眼も必要になってくるのです。科学の力をもってしても解明できないことを、画家としての経験が解明してくれるのです。過去の名作を次世代に受け継ぐ修復技術も大切ですが、日本画を創造する技術や画法の継承は文化の継承として最も大切のものです。今では、ギリシャ・ローマ時代の、あの素晴らしい彫刻を、現代人が当時の作り方で生み出すことは無理ですし、日本でもかの名刀を、今の日本人が当時のレベルで作れるかといえば、できません。技術が消えてしまうのは、絶え間なく継承されなかった故、伝承がなされなかった故なのです。伝統が次の時代に、送られていくということの素晴らしさを、芸術を志す人たちには、ぜひ感じてもらい考えてもらいながら制作に携わっていただきたいたいと思います。

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