日本映画の制作・研究について

歴史ある日本映画

世界において映画の父と称されるのは、トーマス・エジソンとリュミエール兄弟です。そのエジソンが映画を観る装置、キネトスコープを発明したのが1891年。そのキネトスコープを改良し、スクリーンに投影することで一度に多くの人々が鑑賞できるシネマトグラフ・リュミエールを兄弟が開発したのが1883年。さらにその2年後、兄弟は自らが営む写真機材工場の近辺で撮影を行い、1895年12月28日、パリのグラン・カフェ地階のサロン・ナンディアンで、その映像を人々に有料公開しました。この日が、世界における映画誕生の一日となったわけです。
一方、日本ではどうだったかというと、翌年の1896年、すでに最初の映画が上映されています。1908年頃には映画が大量に生産できる環境も整い、現在、映画の聖地といわれるアメリカ・ハリウッドで映画会社ができた1912年には、日本でも日活が産声をあげました。

現在、ハリウッド、アカデミー賞などアメリカが牽引しているように形容される映画の世界において、実は日本は、ハリウッド(アメリカ)以上の映画大国であり、アジア圏においては、もっとも早い段階で、映画の歴史をもった国であります。そして忘れてならないのは、古くから国際的に評価されてきた、クオリティの高い映画を生んでいる国なのです。

世界に通じる日本映画

では、日本人に「日本映画の代表作は?」と質問したらどのような答えがかえってくるでしょうか?もちろん、年齢や性別によってさまざまでしょうが、ここ数年のブームを考えれば、アニメをあげる人が多いでしょう。 
しかし、前述したように、日本映画の長い歴史を鑑みれば、日本映画に関する日本人の目線も違ってくるかもしれません。

 海外では実際、日本人の一部の映画マニアや映画通にしか造詣されていない古い日本映画が、一般の大学の入学試験や教材に使われています。さらに海外の映画教育では、映画の世界的巨匠、ヒッチコック、ジャン・ルノワール、ゴダールなどと並び、溝口健二や小津安二郎、大島渚らの作品を、映画の教科書の1ページとして映画づくりを学ばせているのです。

世界が価値を認める日本映画、世界的に通用するレベルにある日本映画。これらをドメスティックである我々日本人が、きちんと継承、評価し、新たなものを生み出すクリエーターを育成することこそが、日本文化の一翼を担う日本映画の役割であるといっても過言ではありません。

 映画、それは異なった言語の壁を越え、来るべき世界の物語を作り出す場。映画は、いつの時代も、言葉以上に雄弁に人々に語りかけるのです。

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